熊野神社境内末社東照宮写真
社 名 熊野神社 境内末社
鎮座地 山形県寒河江市大字平塩上條地籍1
由  緒 ・ 沿  革
 山形県寒河江市平塩に鎮座する熊野神社は、養老5年(721)紀州の熊野三所権現を勧請したと伝えられる。当地方は鎌倉時代は大江氏が、戦国末期には最上氏が領有。元和八年、山形(村上)藩領となるが、正保元年(1644)天領となる。江戸期を通じて社領149石を有し、別当・社僧(清僧)・衆徒八坊(修験)・社人四家などが奉仕した。一山の社堂は、本社の熊野権現ほか、諸末社十八宇があったという
 明治の神仏分離により、僧侶の神勤が解かれ、衆徒は復飾して禰宜職となり、新たに平塩寺が設立された。
 東照宮が境内に勧請された年代は不明であるが、当地方が天領であったことも無関係ではなかろうと思われる。江戸時代には、本社の北西にかなり立派な社殿があったという。現在は正面参道の左(南)側に、北向に建っている。一間四方の素木造で殿内には「唐戸」と呼ばれる石造の櫃が置かれ、その中にに御神体の鏡を納めた桐箱が安置されているという。石櫃は縦三尺・横二尺・高二尺ほどの大きさで、鎖が廻され鍵が掛けられている。通称寒河江東照宮
(家康公と全国の東照宮 高藤晴俊 著より)

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