月岡神社
社 名 月 岡 神 社
鎮座地 山形県上山市元城3−7
祭 神 松平利長公・信一公
御   由   緒 ・ 沿   革
  御祭神の利長公は藤井松平家の始祖であり、信一公は二代家祖として武勇の誉れ高く松平家興隆の基礎を築かれた御方である。
  元禄十年(1697)藤井松平家七代の信通公が備中庭瀬から上山城主に転封になり、信通公城内本丸に東照宮を建立し、併せて祖先の利長公・信一公の神霊を合祀し、徳川の恩義を追慕し祖先の遺徳を仰ぎ藩士一同厚く崇敬した
  明治四年(1871)廃藩の際、東照宮は藩主の上京と共に東京の藩邸に奉遷され藩祖利長公・一公の神霊は湯町に鎮座する日枝神社に奉遷された。
  明治十年(1877)旧本丸に壮麗な社殿を建立して松平家祖先の利長・信一両公の神霊を奉遷座し、報恩の誠を尽くし、永く上山の鎮守神と仰ぎ、産土の守護神として祈願すべきとの議起こり、同年六月神社の建設を願い出、同年十月許可を得て月岡神社と称した。明治十一年九月神殿落成、同月十五日、日枝神社より奉遷座した
明治十五年五月村社に列にられ、明治四十年八月鶴脛町内に鎮座の九社を合祀。
  明治四十三年五月神饌幣帛料供進神社に指定された。
  大正二年稲荷神社を合祀。
  秋祭りの神輿渡御行列に奉楽される鼓笛楽は、上山藩に伝習された全国でも数少ない貴重な音楽は極めて格調高いものがあり、上山市無形文化財に指定されています。
(由緒書より)



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