忍東照宮
社 名 忍 東 照 宮
鎮座地 埼玉県行田市本丸12-5
祭 神 松平忠明公
御   由   緒 ・ 沿   革
  当社は、家康公の娘、亀姫が父の肖像を頂き、後に子の松平忠明公に伝え忠明公が寛永二年(1625)、大和国郡山山城内に社殿を造営して、肖像を安置したことに始まる。以来、藩主・藩士崇敬の社となった。その後、移封の都度遷座され、慶応四年(1868)鳥羽・伏見の戦いの折、大坂蔵屋敷の東照宮を当社に合祀した。
  社領は、郡山当時より百石を受け継ぎ、明治維新まで続く。その地は、埼玉古墳群の辺りであったと伝えられている。
  明治四年(1871)、藩主東京移住のために祭祀断絶の危機を迎えるが、旧藩主ら相計り、同七年に下荒井の地より、本丸の一部である諏訪郭内の諏訪神社境内一隅に本殿を移し、同三十三年に藩祖、松平忠明公を配祀した。現在の拝殿は昭和五年の造営である。
(由緒書より)



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