常葉神社
社 名 常 葉 神 社
鎮座地 岐阜県大垣市郭町1-96
祭 神 戸田一西公・氏鉄公・氏信公・氏西公・氏定公
  氏長公・氏英公・氏教公・氏庸公・氏正公
  氏彬公・氏共公
由   緒 ・ 沿   革
 戸田左門一西は、三河国田原城主戸田宗光の第六世で、徳川広忠・家康に仕えて勇名をあげた。
 天正十八年戦功に依り武蔵国鯨井領主となり、次で近江国大津城を経て同国膳所ヶ崎に転す。公専ら治水殖産に努めた。
 嘉永五年一西公の二百五十年忌の祭、祠廟を城内松の丸の創建し、常葉大神と称し、明治六年八月、大垣市八幡神社境内に遷座、明治三十五年四月、現在地に改築した。
 大正五年十一月九日、氏鉄公合祀の儀允許せられた。
 戸田氏鉄は一西の子にして膳所ヶ崎より尼ヶ崎城に移り、寛永十二年美濃国大垣十万石の城主として転封された。
 島原の乱を鎮定して功あり。封地にあっては治水・殖産・勧業・勤倹等専ら経済の道の意を払うこと深く、藩政約二十年に及ぶ。治績大いに挙り、遺徳は永く民心に感銘を与えた。
 明治四十二年九月十九日、朝廷公の功績を賞し、従三位を追贈された。
 大正五年十月四日県社に昇格、十三日神饌幣帛神社になり、岐阜県告示を以て神社会計規程適用神社に指定された。
 昭和二十六年、神社庁管轄、宗教法人、常葉神社となる。
 昭和四十一年、大垣藩主二代目戸田氏信命から十一代目氏共命迄十柱命を合祀、その理由は近時大垣氏の発展と共に藩主歴代の恩恵が重く取り上げられる様になって来たからである。(由緒書より)

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