琴似神社
社 名 琴 似 神 社
鎮座地 北海道札幌市西区琴似1条7丁目1番30号
祭 神 保科正之公
御   由   緒 ・ 沿   革
  北海道に明治二年開拓使庁が設けられて、明治八年開拓使最初の屯田兵、(開拓者)として琴似に入殖した二百四十戸の人々の有志は、旧藩祖臥牛城主(宮城県亘理)伊達藤五郎成実公の遺徳を敬慕し、武早智雄神と尊称して山の手(山の手二条一丁目)に東面して神祠(現報徳神社々殿)を建立し、御神徳を北海道開拓の上に顕彰するために武早神社と号して祭祀を厚くいたされたのず琴似神社の創始であります。
  明治三十年その鎮座地を山の手五条一丁目水上通り入口西角に移し、神祀を移築して本殿とし、更に崇敬者の奉仕によって幣殿、拝殿(現祖霊殿)を造築して琴似神社と改称申し上げ、明治四十四年人々の調和と福寿の守護神であり、国土開拓の神として迎がれる大国主大神を御増祀いたして、殖産の道に氏子の繁栄に心のよるべといたされたのでありますが、御鎮座地は更に中心部現在地に移され、社殿移設の工が全て完了した大正四年、村社格いたされ爾来人々の崇敬愈々篤く昭和十一年社務所(現職舎)の竣工を始め紀元二千六百年を記念した境内地の大改修と共に昭和十九年九月一日社格を郷社に昇格いたされ、昭和二十二年例祭に際しては御神輿の初渡御が行なわれ、境内の諸施設と神賑の盛大を極め、昭和二十六年衆議を催して御社殿の御造営に着手し昭和二十八年十一月御造営竣工して二十一日正遷座祭を斎行したのが現在のの社殿であります。
  思うに北海道開拓の業は、その後全道三十七ヶ兵村に及び北海道開拓の基盤が開かれたのであります。その始祖である琴似屯田の人々は琴似神社として御改称の節、主祭神として伊勢神宮内外宮の神々を奉斎すべく熱望いたされたのでありますが、開道百年を迎えた昭和四十三年神社の諸施設ほぼ整い、大神宮の特旨を仰いで同年十月二十八日特別神璽を拝受、両宮の神々を御増祀申し上げ、更に平成六年五月十五日(御鎮座百二十年)琴似屯田兵緑の旧会津藩祖(保科正之公)御神号土津霊神を御増祀申し上げ、開拓先人の遺志をここに実現いたし、大祖先の神々の民族生成発展への御理想を欣仰いたしつつ今日に及んで居ります。
(由緒書より)



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